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広島高等裁判所 昭和51年(ネ)28号 判決

控訴人(被告) 日本国有鉄道

被控訴人(原告) 河村昭典

主文

原判決を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

一  申立

控訴代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

二  主張

次のとおり付加するほかは原判決該当欄記載のとおりである(ただし、原判決五枚目裏末行の三条」を「三一条」と改める)からこれを引用する。

(一)  控訴人

控訴人総裁の行う懲戒処分は恣意にわたるなど、社会通念に照らし合理性を欠く場合を除き裁量が認められているところ、被控訴人の行為は、高度の公共性を有する控訴人の職員として要求される社会からの廉潔性を損い、控訴人職員としての適格に欠けるものであるから、本件免職処分に何ら違法な点はない。

(二)  被控訴人

控訴人のした懲戒処分例を検討すれば、威力業務妨害罪で懲役三月執行猶予三年の有罪確定判決を受けながら停職一か月となつた事例(乙第四〇号証の二二番の事例)があり、公職選挙法違反の事例では免職されることはないし、傷害罪や賭博罪などを犯しても免職されない例があり、本件は軽微な事案であることを考えれば、免職処分は重きに失し、裁量の範囲を逸脱したものである。

三  証拠〈省略〉

理由

一  被控訴人は、昭和二〇年八月に控訴人の職員として採用され、山陽本線小郡駅配車係として勤務していたが、昭和三八年六月一日に岩国市で開催された岩国基地撤去要求山口県民大会に引続いて行われたデモ行進に際し、警備の警察官に暴行を加え、加療三日を要する傷害を与えた、との犯罪事実で公務執行妨害罪、傷害罪による懲役五月執行猶予一年の有罪判決が昭和四四年一月五日に確定したこと、控訴人の総裁は、昭和四四年一一月三〇日に被控訴人に対し右有罪確定判決を受けたことを理由として国鉄法三一条により懲戒免職の処分をしたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

二  いずれも成立に争いのない甲第一ないし第一四号証、乙第一号証、第三号証、第五ないし第七号証、第八号証の一、二、第九号証の一ないし三、第一〇、一一号証、第一二、一三号証の各一、二、第一七ないし第二八号証、第二九号証の一、二、第三〇号証の一、二(一は一、二に分れる)、第三一号証の一ないし四(三は一ないし四に分れる)、第三二号証の一ないし三(二は一ないし三に分れる)、第三三号証の一ないし五(四は一、二に分れる)、第三四号証の一ないし四(三は一ないし五に分れる)、第三五号証の一ないし六(四は一ないし六に、五は一、二に分れる)、第三六号証の一ないし三(三は一ないし四に分れる)、第三七号証の一ないし六(三は一ないし八に、四は一ないし七に分れる)、第三八号証の一ないし四(三は一ないし四に分れる)、第三九号証の一ないし三(二は一、二に分れる)、第四〇号証(乙号証のうち、第二九号証の一、第三一、第三二号証の各一、第三三号証の一、三、第三五号証の一、二、第三九号証の一については原本の存在も争いがない)、原審証人中村一幸、同田村勤三、同宮崎豊、同要田守、同佐藤端次、同吉村義、同松岡虎雄、同松浦忠雄、当審証人矢田満、同渡辺武男、同東条薫、同能野純一の各証言、原審及び当審における被控訴人本人尋問の結果(以上のうち以下の認定に反する部分は措信できない)を総合すれば、次のとおり認められ、この認定を覆すに足る証拠はない。

1  安保条約廃棄平和と民主主義を守る山口県民会議及び原水爆禁止山口県協議会は、昭和三八年六月一日に岩国市錦帯橋畔で、岩国基地撤去、沖繩返還等の諸要求を掲げる集会を開き、続いて同所から岩国基地前を経て岩国駅前まで集団示威行進を行い、千数百名がこれに参加した。右集団示威行進については、事前に主催責任者から許可申請がされ、山口県公安委員会は条例に基いて「行進中はうず巻行進、蛇行進を行つたり、又はことさらに道路一杯に拡がり、交通の妨害となるような方法で行進しないこと」などの条件を付し、又、岩国警察署長は道路交通法に基いて前同旨の条件を付してこれを許可した。

2  被控訴人はその所属する労働組合の上部機関の指示で、同僚組合員などと共に右集会及び集団示威行進に参加し、右集団示威行進は岩国基地前道路で座込みやうず巻行進をして、警備の警察官と若干の摩擦があつたほかは平穏に推移し、岩国駅前で順次流れ解散をはじめたが、被控訴人が属していた国鉄関係の労働組合員などで構成された百名位の集団は岩国駅前に差しかかつた際掛声をかけながら蛇行進をはじめた。

3  警察当局は、当日、相当数の警察官を配備して警備にあたり、三戸関夫警部補(当時四五才)も下関警察署から派遣されて第一中隊第三小隊長として警備していたが、前記集団が蛇行進をはじめ、警察官の拡声器による再三の中止の警告にもかかわらず、中止しなかつたので、許可条件に違反し、交通の妨害になるため、上司の指示により岩国駅前いづみ書店前車道で、部下の警察官三十余名を指揮して右集団に近付き規制をはじめた。

4  被控訴人は、警察官の規制開始に立腹し、抗議していたが、いきなり、三戸警部補に対してその左足を一回足蹴りして加療三日間を要する左大腿打撲傷の傷害を与え、右警察官らに現行犯逮捕された。右逮捕に際してはこれを阻もうとする行進参加者らと警察官らとの間でもみあいが生じてしばらく混乱し、相前後して、他の参加者一人も警察官に暴行を加えた疑で逮捕された。

5  被控訴人は、逮捕後の勾留を経て、同年一二月一七日に起訴され、終始暴行の事実を否認したが、昭和四〇年一二月八日に山口地方裁判所で前記有罪判決を受け、広島高等裁判所における控訴審も控訴棄却の判決によつて前記のように右判決が確定した。

6  被控訴人はその間約九日間逮捕勾留されたが、右期間は年次有給休暇扱いを受け、被控訴人の前記職場では他の勤務者に勤務交替などの影響は生じたものの業務上の支障は発生しなかつた。被控訴人は昭和三八年六月一〇日頃から勤務に復帰したが、前記起訴にともない、同年一二月二〇日付で国鉄法三〇条一項二号により休職となり、これと前後して、同法三一条により、昭和三七年四月一日に三月間俸給一〇分の一減給処分、同三九年一一月一日、同四〇年四月二四日、同年六月一六日の三回にわたり戒告処分を受けた。

7  控訴人は、職員につき禁錮刑以上の有罪判決が確定したときは概ね免職の懲戒処分に付していたところ、被控訴人の前記判決確定については、被控訴人からの報告が特になかつたので、その後も被控訴人に対する前記起訴休職処分が続き、俸給の六割を支給していたが、昭和四四年九月頃になつて、右判決確定を知り、所管の担当者が被控訴人に対する懲戒に関して検討をはじめ、被控訴人が職員としての品位を傷つけ、その行為が著しく不都合であり、就業規則六六条一七号に該当するものとして被控訴人の行為の内容、反省の有無、懲戒処分の他の職員に及ぼす影響、企業秩序維持、懲戒処分歴、従前の懲戒処分例との均衡など諸般の事情を考慮のうえ、免職処分にすることに決定し、前記のように発令した。

三  以上の事実関係のもとで本件懲戒処分の効力に関連して検討をすすめる。

1  本件懲戒処分の性質

控訴人は、本件懲戒処分は行政処分であつて、重大かつ明白な瑕疵がない限り当然に無効となるものではない、と主張する。

しかしながら、控訴人は公法上の法人であり、その経営する鉄道事業を中心とする事業は高度の公共性を有するものではあるが、その行う事業は経済的活動を内容とし、公権力の行使という性格を有しないものであり、国家機関による規制も監督的、後見的なものであることに照らすと、一般的に控訴人の機関が行政庁としての性格を有し、その行為が行政処分ないしはこれに準じるものと解することはできず、また右のように解すべき実定法上の根拠もなく、かえつて、本件懲戒処分は私法上の行為の性格を有するものと解するのが相当であり、控訴人の右主張は採用できない。

2  懲戒事由該当の点

被控訴人の前記行為は職場外でなされたもので職務遂行に関係はないが、公務執行中の警察官に対し暴行を加えて傷害を与えたもので、国鉄法三一条一項一号及びこれに基づく国鉄就業規則六六条一七号所定の懲戒事由である「その他著しく不都合な行いがあつたとき」に該当することが明らかである。

被控訴人は、前記行為は私生活上のものであるから右懲戒事由に該当しない、と主張する。しかしながら、控訴人のように極めて高度の公共性を有し、公共の利益と密接な関係のある企業体においては、事業の円滑な運営の確保とともにその廉潔性の保持が社会から要請あるいは期待されているから右「著しく不都合な行いがあつたとき」には、控訴人の右社会的評価を低下、毀損するおそれがあると客観的に認められる限り、職場外の職務遂行に関係のない行為のうちで著しく不都合なものと評価されるものを含むと解するのが相当であつて、右規定には具体的な業務阻害等の発生を要求しているとは解されないから被控訴人の右主張は採用できない。

3  免職処分の相当性の点

被控訴人は、本件免職処分は裁量権の範囲を逸脱し、又は権利の濫用に当るものとして無効である、と主張する。

国鉄法三一条一項は懲戒処分として、免職、停職、減給又は戒告の四種類を、懲戒事由として「この法律又は日本国有鉄道の定める業務上の規程に違反した場合」と規定しているが、具体的基準の定めはなく、右業務上の規程である控訴人の就業規則六六条は具体的懲戒事由を定めているが、各懲戒処分毎の懲戒事由の定めはないところ、このような場合、懲戒権者は、懲戒事由に該当する行為の外形的なもののほか、原因、動機、状況、結果等のほか、当該職員について前記二、7末段記載のような諸般の事情を斟酌したうえ、企業秩序の維持確保の見地から相当と判断する処分を選択できるのであつて、当該処分が社会通念上、当該行為との対比において甚しく均衡を失して合理性を欠くものでない限り、その裁量権の範囲内にあるものとして是認されるべきものである。

右見地から本件を検討すると、被控訴人の行為は傷害罪をともなつた公務執行妨害罪にあたる軽視し得ない犯罪行為であり、単に偶然的なものとはいえず、懲役五月執行猶予一年の有罪判決が確定しているのであり、前記懲戒処分歴も無視し得ないものであり、懲戒処分のうち免職処分についてはその重要性に鑑み特に慎重な配慮を要することなどを勘案しても、控訴人の総裁が被控訴人に対し本件行為につき免職処分を選択した判断が甚しく均衡を失して合理性を欠くものとするには足りず、裁量権の範囲を超えた違法なものあるいは権利の濫用にあたるとは認め難い。

なお、前記判断は前掲乙第四〇号証によつて認められるところの威力業務妨害罪で懲役三月執行猶予三年の有罪確定判決を受けた者で停職一か月の処分で済んだ例(もつとも、右事件は控訴人中国支社管内ではない多治見で発生し、処分は一審有罪判決言渡前に行われた)があること、前掲宮崎豊、吉村義の各証言と弁論の全趣旨によつて認められるところの、公職選挙法違反の罪を犯した者が免職となつたことはない事実を参酌しても左右し得ないものである。

四  そうすると、被控訴人の本訴請求はその余の判断をするまでもなく失当として棄却すべきものであり、これを認容した原判決は不当であるからこれを取消し、被控訴人の請求を棄却することとし、民訴法九六条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 辻川利正 白石嘉孝 梶本俊明)

原審判決の主文、事実及び理由

主文

被告総裁が原告に対し、昭和四四年一一月三〇日付でなした懲戒免職処分は無効であることを確認する。

被告は、原告に対し、昭和四四年一二月以降本判決確定の日まで一箇月につき金四万二、四〇〇円の割合による金員を支払え。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第一請求の趣旨

1 主文第一項ないし第三項に同じ。

2 主文第二項につき仮執行宣言。

請求の趣旨に対する答弁

1 原告の請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は、原告の負担とする。

第二原告の主張

(請求原因)

1 原告は、昭和二〇年八月、被告日本国有鉄道の職員として採用され、以後、山陽本線小郡駅において配車掛として勤務し、昭和四四年一一月当時月額金四万二、四〇〇円の給料を受けていた。

2 被告の総裁磯崎叡は、昭和四四年一一月三〇日、原告に対し、原告が、昭和三八年六月一日、岩国市で開催された岩国基地撤去等要求山口県民大会に引続いてなされたデモ行進の際、警備の警察官に暴行を加え、加療三日間を要する傷害を与え、このため、昭和四四年一月五日、公務執行妨害罪ならびに傷害罪により懲役五月、執行猶予一年の判決の言渡を受け、右判決の確定に至つたことを理由として、日本国有鉄道法三一条により懲戒免職処分をなした。

3 右懲戒免職処分(以下、本件処分という)は、次の理由により、権利の濫用で無効である。

懲戒免職処分は、職場の秩序の維持上、あえて当該職員を職場から放逐する処分であるから、真に慎重でなければならない。職員は、被告に対し誠実な労働力提供の義務を負うけれども私生活上は自由であるべきであるから、従つて、被告は、職員の私生活上の行為を理由に懲戒処分をなすことは原則としてできない。

国鉄法三二条記載の職員の服務基準も職務遂行に関するものに限られるし、国鉄法二七条記載の任免の基準も能力の実証によるとされており、懲戒の基準に関する労使の協約一条をみても、ほとんどが業務上の事由を理由にしている。

たとえ、私生活上の行為を理由とすることが許されるとしても、被告主張の事由は、いまだ被告の職場秩序の維持と全く相容れない著しい非行とはいえないのであり、従つて、本件処分は相当性を欠くといわなければならない。

よつて、原告は、被告に対し、被告が原告に対してなした本件処分が無効であることの確認をもとめるとともに、昭和四四年一二月以降本判決確定の日まで一箇月につき金四万二、四〇〇円の割合による金員の支払をもとめる。

(被告の反対主張に対する答弁)

1 本件懲戒処分は、私法上の行為である。

国鉄が高度の公共性を有する公法上の法人であるということから、国鉄職員の身分関係が直ちに公法上の関係とはいえないのであり、本質的には私法上の身分関係であり、従つて、本件懲戒処分も私法上の行為といわねばならない。

また、国鉄の業務が私鉄の業務と内容において差異がなく、国鉄が国家機関とは別に、独立採算の私企業性を有することから、国家公務員の身分関係に比べて(イ)欠格条項の有無、(ロ)政治活動許容範囲、(ハ)労働協約締結の有無の各点において差異が存在する。

2 本件懲戒処分の原因となつた原告の行為により、業務上の障害が生じた事実もなく、その他職場の秩序をみだしたことはない。

当時、原告の従事していた業務の内容は、到着列車を各行先毎に組立てる計画をつくるものであり、国鉄利用の一般乗客と直接接する職場でなかつたし、右行為により利用者から批判がでたこともない。

原告が逮捕された昭和三八年六月一日は、原告にとり休日であり、しかも、翌日から勾留期間の終了した同年六月九日までは、所定の手続を経て年次有給休暇が認められていた。

原告の職場(配車掛)には、有給要員がおり、原告の逮捕、勾留期間中の業務の遂行にはなんら差支えがなかつた。

3 本件刑事事件は、軽微な事案であり、原告の反社会的性質をあらわすものではない。

いわゆるジグザグデモを行なつた原告ら参加者とそれを実力で阻止しようとする警察隊との間でトラブルが起り、はげしいぶつかり合いである以上、そこでは若干の打撲傷者が出ることは予想され、原告は、一デモ参加者として警察官ともみ合つたにすぎず、公務執行妨害、傷害との罪名が示す程の大げさなものではなく、実態は、力でデモを規制する警官隊との間に偶々生じたトラブルにすぎない。

4 原告の日頃の勤務振りは、真面目で、同僚からの信頼もあつく、労働組合分会書記長に選ばれており、これは休職処分になつてからも変ることなく、また、他処分事例は、労働組合運動の過程で上部からの指示を実施する途上起つたものであり、いずれも、労働組合の役員としてやむをえないものである。

第三被告の主張

(請求原因に対する認否)

1 請求原因第一、二項の事実は認める。

2 請求原因第三項中、懲戒免職処分は慎重にしなければならない旨の主張は認めるが、その余の主張は否認。

(被告の反対主張)

1 本件免職処分の行政処分性

被告は、国有鉄道事業を能率的に運営発展させ、もつて公共の福祉の増進に寄与するという国家目的のために特に日本国有鉄道法により設立された公法人である。従つて、被告とその職員との関係は、公法関係であり、被告総裁のなした本件懲戒免職処分は行政処分というべきである。

ところが、行政処分が無効というためには、右処分に存する瑕疵が重大かつ明白であることを要するのであるが、原告は、本件処分に重大かつ明白な瑕疵があることを具体的に主張していない。

2 免職理由の存在

(イ) 懲戒処分は、職場内の事由に限らず、職場外の事由によつても行なうことができる。

国鉄法三条一項一号は、懲戒処分を行なうにつき、「この法律又は日本国有鉄道の定める業務上の規定に違反した場合」と規定しており、ここにいう「業務上の規定」とは、広く国鉄企業秩序を維持し、発展、向上するために職員が遵守しなければならないものとして被告の定める規定を意味し、いかなる事由を懲戒理由とするかは、就業規則等の「業務上の規定」の定めるところに委ねている。

国鉄就業規則六六条一七号の「その他著しく不都合な行いのあつたとき」という規定は、概括的ではあるが、やはり、同条一六号の「職員としての品位を傷つけ又は信用を失うべき非行のあつたとき」との規定と対比すると、単に職務遂行に関係のある行為のみを対象としているものではないことは明らかであるし、「その他著しく不都合な行い」とは、同条一号から一六号に準じる程度の「非行」と解することができる。

職員の行為が、業務執行中又は業務に直接関連した非行であるか否にかかわらず、被告の秩序維持、発展を確保するため放置できない道徳的ないし法律的非行である場合は、具体的な業務阻害等の結果発生を要求することなく、被告総裁は、当該職員に対し、懲戒権を行使しうるのである。

(ロ) 原告の行為の懲戒事由該当性

原告は、昭和三八年六月一日、岩国市内をデモ行進中、警備にあたつていた警察官に暴行を加え、公務執行妨害ならびに傷害罪で、昭和四〇年一二月八日、山口地方裁判所で懲役五月、執行猶予一年の判決を受け、右判決は、広島高裁での控訴棄却により確定したのである。

このように、原告の行為は、職場外の職務遂行に関係のないものといえども、公務執行中の警察官に傷害を負わせたものとして著しく不都合なものであり、しかも、原告の行為および有罪判決は、新聞などで報道され社会的批判を受けた。それ故、原告の行為は、国鉄職員として相当でない非行であり、被告の社会的評価を低下させるおそれが十分にあるといわねばならない。

(ハ) 本件懲戒処分の相当性

国鉄法三一条は、国鉄職員が懲戒事由に該当する行為をなした場合、被告総裁は、免職、停職、減給又は戒告の処分をなしうるのであり、右懲戒処分の具体的選択は、行為の態様、原因、動機、結果等の外、被処分者のその前後の態度、処分歴等の諸般の事情を総合勘案し、企業の秩序維持、発展等の見地から判断すべきであり、その選択は、懲戒権者の裁量に委ねられている。

原告の行為は、原因、動機、内容、法益侵害の結果等を考えると重大かつ悪質な犯罪行為であり、原告の反社会的態度をあらわしたものであり、被告の職員としての適格性を失わせるものといわねばならない。

そこで、他の職員に及ぼす悪影響、原告の平素の勤務状況、事件後の反省なき態度などをあわせ考慮した結果、被告は、厳正な職場の規律保持と秩序維持の要請により国民の信頼を得ることになるのであるから、原告をそのまま被告企業に存置させることは、被告の信用を毀損し、職場の規律をみだすことになるので、被告が原告を排除する免職処分を選択したことは苛酷といえず、従つて、解雇権の濫用とはいえない。

なお、原告は、本件行為前に一回、本件行為後に三回の懲戒処分を受けている。また、被告は、解雇手続において、事前通知をし、解雇手当を支給するなど誠意をつくしているのに、原告は、休職中の給料を受取るため、たびたび小郡駅に出入りし、上司と接触しながら、上司との信頼関係に反し、本件行為に対する有罪の判決が確定したことを告知することを怠り、延いては、それが本件最終処分を遅延せしめた原因ともなつている。

以上のように、被告の総裁が原告に対し、免職処分を選択した判断は相当であり、裁量の範囲を超えた権利濫用といえるものではない。

証拠〈省略〉

理由

一 原告が元被告の職員であつたこと、原告は、昭和三八年六月一日岩国基地撤去要求等山口県民集会およびこれに引続き行なわれたデモ行進に参加した際、現場にいた警察官に暴行を加え、その職務を妨害し、加療三日を要する傷害を与え、昭和四四年一月五日、公務執行妨害罪、傷害罪により、懲役五月、執行猶予一年に処する旨の判決が確定したこと、被告総裁が、原告に対し、日本国有鉄道法三一条により、請求原因二項記載の免職処分をしたことは、当事者間に争いがない。

二 被告は、本件免職処分が、行政処分であると主張する。けれども、国鉄法二条等によれば、被告が公法上の法人であることは明らかであるが、このことから当然に被告の職員の勤務関係が公法的規律に服するものとすることはできない。

また、国鉄法二七条ないし三二条の規定は、被告が高度の公共性を有することに鑑み、特に法律をもつて、その職員の任免、給与、服務の基準の大綱を定めるとともに、右職員につき一定の事由がない限り、分限、休職、懲戒という不利益処分を課しえないこととしたものであつて、そのかぎりにおいては、右職員の勤務関係の自律的決定が制約されてはいるが、これもまた、当然に右関係を公法的規律に服するものと解すべき論拠となるものではない。

国鉄法三一条一項によると、懲戒権者は被告の代表者である総裁とされているが、これは懲戒権の行使が被告の事業遂行それ自体ではなく、部内規律保持のための処置であり、その性質上迅速かつ統一的な処理を要することなどから、懲戒権者を特に被告の総裁と決定したまでであつて、この規定から、懲戒権の行使につき、被告の総裁を行政庁とし、懲戒処分を行政処分としている趣旨と読みとることはできない。

要するに、本件懲戒処分は、公法的規律に服する行政処分を有するものとは認められず、結局、私法上の行為たる性格を有するものと解するのを相当とする(最高裁判所昭和四五年(オ)第一一九六号同四九年二月二八日第一小法廷判決民集二八巻一号六六頁参照)。

三 成立に争いのない甲第一号証から第一六号証まで、乙第五号証、乙第九号証の一、乙第一一号証、乙第一七号証から第二八号証まで、乙第二九号証の一、二、原告本人尋問の結果および弁論の全趣旨によると、次の事実が認められる。

昭和三八年六月一日、原告は、休日を利用し、岩国市錦帯橋河原において開催された安保廃棄山口県民会議等の主催する岩国基地撤去要求等山口県民集会およびこれに引続いて行なわれた同市内の米軍岩国基地を経て岩国駅前に至るデモ行進に参加した。そして、原告は、同日午後五時五分ころ、同市大字麻里布町岩国駅前通いずみ書店前車道上において、警備に従事中の山口県下関警察署勤務、山口県警部補三戸関夫(当四五年)に対し、同人の左足を一回足蹴りして暴行を加え、もつて、同警部補の右職務の執行を妨げ、その際、右暴行により同警部補に対し、加療三日間を要する左大腿部打撲の傷害を与えたことにつき、公務執行妨害、傷害罪により、昭和三八年一二月一七日山口地方裁判所に起訴され、同裁判所において、審理の結果、昭和四〇年一二月八日前記のような判決の言渡を受けた。原告は、右判決に対し、広島高等裁判所に控訴したが、昭和四三年一二月一九日、控訴棄却の判決の言渡があり、昭和四四年一月五日、右判決が確定した。その後被告総裁は、前記のように、同年一一月三〇日、国鉄法三一条、日本国有鉄道就業規則(以下就業規則という)六六条一七号の「著しく不都合な行ないのあつたとき」に該当する事由あるものとして、原告を懲戒免職処分にしたものである。もつとも、原告は、即日逮捕され、その翌日から同月九日まで勾留された。

四 原告の前記のような行為が懲戒事由に該当するか否か判断する。

国鉄法三一条一項一号は、懲戒事由として、「この法律又は日本国有鉄道の定める業務上の規程に違反した場合」をあげているが、右の規定は、同項二号に職務上の業務に違反し、又は職務を怠つた場合をあげ、職員の職務遂行に関連した行為に限つて対象としていること、ならびに、就業規則六六条一六号、一七号に定める具体的な懲戒事由と対比し、単に、職員が業務の遂行に関連してなした行為のみを規制の対象としているものではなく、広く職場外でされた業務の遂行に関係のない行為であつても、国鉄の事業の円滑な維持、発展に関連するものと客観的に認め得る職員の事業遂行に直接関連しない行為ないし私生活上の行為をも規制の対象とするものと解すべきである(前記最高裁判所判決参照)。

本件についてみるに、原告の行為は、前記認定の如く警備中の警察官に暴行を加えた公務執行妨害罪、傷害罪に該当するのであり、右行為は、著しく不都合なものといわなければならない。

そうしてみると、原告の本件行為は、国鉄法三一条一項一号およびこれに基づく就業規則六六条一七号所定の懲戒事由に該当するものと解する。

五 次に、右事由にもとづき原告を免職処分に処すのが相当か否かの点につき検討する。

国鉄法三一条一項に基づく就業規則六七条は懲戒処分として免職、停職、減給または戒告の四種のものをあげている。しかし、右四種の懲戒処分を選択すべき基準について特に定めていない。しかも、右懲戒処分のうち、免職処分は、他の処分と異なり、職員を企業外に放逐し、その生活の基盤を奪う厳しい制裁処分であるから、免職処分の選択については、懲戒権者の自由裁量にまかせられるべき性質のものではなく、事件の原因、態様、殊に具体的な業務阻害等の結果の発生、他の職員および社会一般に及ぼす影響等の諸事情を総合的に判断し、被告の企業秩序の維持確保のため、当該職員を企業外に放逐するほかはないと客観的に認められる場合に限るのが相当である。

本件について検討するに、原告の本件行為は、前記認定のように、原告が、岩国基地撤去要求等山口県民集会およびこれに引続いて行なわれたデモ行進の際、警備の警官隊とデモ隊が接触し混乱する場においてなされたものであり、証人田村勤三、同宮崎豊の各証言および原告本人尋問の結果によれば、デモ行進は、岩国駅前で流れ解散をする予定であつたこと、駅前のロータリー前では、警備側の制止にも拘らずジグザグをしていたが、やがて整然と流れ解散がなされており、原告の本件行為は、特定の目的をもち意図的になされたものではなく、解散直前の突発的な犯行と認められる。

そして、成立に争いのない乙第二号証の一、二証人中村一幸、同田村勤三、同宮崎豊の各証言によれば、原告が逮捕された当日は、原告にとつて休日であり、しかも、その翌日から勾留期間の終了した日までは、所定の手続を経て年次有給休暇が認められており、原告の職場(配車掛)には有給要員がいるので、原告の逮捕、勾留期間中の業務の遂行には差支えなかつたのであり、原告の右の所為ならびにこれに対する有罪判決の確定により、職員の職場規律ないし企業秩序に及ぼす具体的な悪影響が表われていないこと、原告の右のような非行に対して当時、新聞により報道されたが、職場の外部からの批判とか投書も格別なく、被告の企業に対する社会的評価を低下した具体的な事実がなかつたことが認められ、証人要田守、同佐藤端次、同吉村義、同松岡虎雄、同松浦忠雄の各証言によつても右の認定を左右するに足らず、他に右の認定に反する証拠はない。

以上認定したところによれば、もとより、原告の罪責および犯情は軽視し得ないが、原告は、本件行為により逮捕、勾留され、有罪判決を受け、すでに十分制裁を受けているといわねばならない。その上、被告の企業秩序維持のため、原告を企業外に放逐する外ない事情については、これを認め得る十分な資料のない本件では、原告を免職処分にすることは相当でない。

もつとも、成立に争いのない乙第四号証の一から五まで、証人要田守の証言によれば原告が昭和三七年から昭和四〇年までに国鉄法三一条による減給処分一回、戒告処分三回を受けたことを認めることができる。しかし、これらの処分歴のあることを原告に対する処分決定についての判定資料に加えたとしても、すでに認定したところによれば、本件の場合、被告の企業秩序を維持確保するためには原告を企業から排除する外に適切な手段がないとするには、まだ、理由が乏しいといわなければならない。たとえ、国鉄法三一条、前記就業規則六六条、六七条の規定が被告総裁に懲戒処分の選択につき裁量権を与えているとしても、さきに説示した点を考慮すると、本件の場合の懲戒事由は、まだ、被告の職場秩序の維持と全く相容れない著しい非行とまではいえないから、本件は、その余の点について判断を加えるまでもなく、懲戒権者の裁量の範囲を逸脱した権利の濫用による無効な処分といわざるをえない。

六 以上のとおり、被告総裁のなした本件懲戒免職処分が無効である以上、原告と被告との間の雇用関係はなお継続し、原告は、被告に対し、右処分後の賃金債権を有するものというべきところ、本件処分がなされた当時、原告の給与額は一箇月金四万二、四〇〇円であることは当事者間に争いがないから、原告の被告に対する本件懲戒処分の無効確認および昭和四四年一二月以降本判決確定の日まで一箇月につき金四万二、四〇〇円の割合による未払賃金の支払を求める本訴請求は、理由があるから認容すべきものである。よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、なお、仮執行の宣言については、相当でないからなさないこととし、主文のとおり判決する。

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